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気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

郷土の宝物が眠る場所

▪️物置にしてはならない

博物館学を勉強しています。以前にさまざまな参考文献を読んで「これは!」と思った文章を抜粋したメモがあります。それが下記です。
 
(参考文献抜粋)ーーーーーーーーーーーーーーーー
展示とは「展げて示す」こと。
展示=コミュニケーション
単なる「もの(物)」を並べるだけではない。情報、メッセージであること。そのために「見せる」技術が用いられる。通り過ぎようとする人の目をとらえる。注意を喚起しより深く観察させる手段。
郷土資料館タイプの博物館にありがちな物置となんら変わらない存在にしてはならない。
優秀なコレクションなくして博物館展示の基本目的を全うする展示は成立しない。
日本の博物館はアミューズメント的要素が乏しく、お役所的な堅いイメージが浸透している。
博物館は教育機関である。学術的楽しみの拡大が求められる。
旧小学校、旧役場、旧郵便局などはまちの顔として象徴的て建物であり、拠点的役割を果たしてきた。=ふる里の確認の場になる核である。
レストランで出される料理が料理人の日頃の鍛錬の成果であるように、博物館展示は学芸員の研究発表の場である。
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個人の独断と偏見で抜粋したメモなのだから、これが正しいとも間違っているとも言えませんし、これで博物館を語ろうなどと思いません。ただ、先日故郷の郷土博物館を訪れて、考えずにいられないのです。
私の故郷には郷土資料館が5館あります。
  1. 両津郷土博物館
  2. 新穂歴史民俗資料館
  3. 赤泊郷土資料館
  4. 相川郷土博物館
  5. 佐渡国民俗博物館
そして佐渡の総合的な資料が集まる「佐渡博物館」(元は財団法人)
 
このなかで両津と新穂は2014年4月に佐渡市により閉館が決定され、両津は閉館ではなく休館中として予約を入れれば観覧できます。新穂は、地域の人たちの開館させたいとする意思と行動により、現在「新穂銀山絵図」の展覧会が開催されています。 
 
博物館や美術館の話題が出るとき、いつも武蔵野美術大学の講義で言われた言葉を思い出します。
「美術館は必要か?」
では
「美術は必要か?」

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(写真:休館中の両津郷土博物館、要予約) 

 

これらの郷土資料館は30数年前のバブル期に建てられました。私たちが生まれた時代です。それがたとえ経済や政治や時代に左右されているとしても、

再生させたい。そう思うのです。