気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

ガイジンが見た日本美術とは?

▪️あのマネジメントの父ピーター・F・ドラッカーが日本美術のコレクターだった!!

ということで、千葉市美術館で開催中の「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画『マネジメントの父が愛した日本の美』」を観に行ってきました。

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実はこの展示に3回も足を運びました。結論からお伝えすると、オススメですよ。

ドラッカーが収集したものは水墨画の掛軸ばかりだったということで、展示構成は掛軸を6種類に分けて構成。キャプションにはドラッカーの言葉が引用されており、章立てごとにその言葉に合うものがまとめられていました。

 

プロローグ 

第1章      1960年代 初期の収集

第2章      室町水墨画

第3章      水墨の花鳥 動物画の魅力

第4章      聖なる者のイメージ

第5章      禅画江戸のカウンター・カルチャー

第6章      文人画の魅力

終章 書斎に吹く風 クレアモントのドラッカー

 

第3章の「水墨の花鳥 動物画の魅力」には、伊藤若冲や海北友松、渡辺華山、谷文晁、雪村周継など、ののびのびとした力強い筆跡の水墨画が集結していました。第5章「禅画江戸のカウンター・カルチャー」では、白隠、仙厓などの大胆でユーモラスな禅画が楽しめます。若冲と海北友松の絵、仙厓と白隠の禅画は以前から大好きなので、非常に楽しみましたし、美術家でも日本人でもない経営者が集めたものでありながら質が高く驚いたというのが最初の印象でした。

 

しかし2度足を運んでみると……各章の章立てのタイトルを見るだけでも、いかにも日本的な日本人が見た日本美術の展示の仕方だと……ふと思ってしまったのです。ドラッカーの言葉は引用されているものの、ドラッカーのコレクションを用いた水墨画展になっていないだろうか。「ガイジンから見た日本」の視点はもっと違うんじゃないんだろうかと……3回も足を運んだだけあって余計なことを考えてしまいました。

水墨画はこういうものだという概念をすべて取っ払い、仮に章立てを、インスパイア、空白とデザイン、分析ではなく統合、眺めるものではなく共に生きるもの、などドラッカーの思想に沿って分類してみたら、もっと違う形で日本美術が見えてくるのではないだろうか、なんてね。

 

ドラッカー家のファイルより見つかった未刊の原稿に書いてある言葉

「私は昔ながらの意味でいう美術の学究ではないと言わねばならない。日本語は読めないし、印章も署名も読めないし、私の興味は折衷的で偏ることはなく、時系列やある特定の“流派”によって体系化されたり構築されたものでもない。そして、もちろん、私は西洋人であり、だから私は日本美術を日本の人とはかなり違う風に見ている」(本展覧会図録より)。

 

ドラッカーの言葉を読んでそんな思いをめぐらせました。

日本人とはかなり違うドラッカーの視点が解き明かされ、展げて示されるという工夫があると、コレクションからドラッカーの人間性やさまざまな側面、日本美術に求めた内面性、思想や人となりを示すという企画意図が浮き上がり、本展はより素晴らしかったと”勝手に”思っています。

トーシロがつべこべすみません。これもひとえに千葉市美術館さんの企画と展示が好きだからこそです。

 

次回はルーシー・リーだとか。また観に行きますね。

 

ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画ー「マネジメントの父」が愛した日本の美|2015年度 展覧会スケジュール|千葉市美術館