気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

故郷の大先輩ー80歳の裂織りデザイナーを訪ねて

▪️洋裁✖️裂織り、現代✖️伝統

友人が時々FaceBookに投稿する「裂織り工房」が、ずっと気になっていました。不思議な空間を持つその場所は、どこにあるんだろう。行ってみたい。聞けば、そこにいる裂織り名人こそ人間国宝に値するはずだと言います。しかし御齢も80歳で最近は体調がすぐれない様子だとか。無理強いせず、機会が巡ってくる日を待つことにしていました。
その日は6月のある日突然、思いついたようにやってきました。

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草花に囲まれた素敵な庭のご自宅。中に入ると、迎えてくれたその人が裂織りの人間国宝(級)、服飾デザイナーIさんでした。80歳とはとても思えないキュートさと若々しさで、話し方も表情もかわいらしい。髪型やファッションもさすがデザイナーさん、さらりとしたセンスがありました。
「お庭がターシャ・テューダー - Wikipediaみたい」と言うと、ふふっと笑って「よく言われるわ。最近はずっと庭を見ているのが楽しくて」と言います。

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体調のことを考えて積極的に質問することは控えていたのですが、古布や作った衣装を手にするとIさんの説明は止まらず、次々と織った布を手にしてはお話が続き、私も見るたびに感嘆の声をあげ、創作のお話に目を輝かせ、お互いクスクスとよく笑いました。

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もとは炬燵布団や作業着だった100年以上も前の裂織りを、カードケースや筆入れにして現代に再生させました。100年以上も前に織った裂織りの布、手に持つだけで重みを感じます。
 
若い頃は故郷の佐渡島を出て洋裁を勉強し、ブティックに勤めていたそうです。帰省したときに裂織りに出会い、佐渡の伝統工芸である裂織りに洋裁のデザインを加えて、ウエディングドレスやカクテルドレスを織り、ファッションショーもされたとか。
弟子として教えた娘も何人かおり、それぞれ独立して裂織りを続けているけれど、裂織りを現代風に仕立てたり、洋服としてデザインすることは、洋裁の勉強をしていないとできないとIさんは言います。

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裂織りのウエディングドレス(左)、ドレスがふわーと後ろに長く広がります。実際にモデルさんが着た写真を見せていただき、品のあるフォルムに見とれてきました。
 
「もうね、私はずっと続けてきたから、もういいかなと思ったりするんだけど。人生は道草。道草しないと前に進めないのよ」。
そう言って見せてくれたのがラベンダーの裂織りでした。

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「草花も織れるんですか!!!」「もちろんよ」
はぁ〜ラベンダーのいい香りがいたします🎶 
人生は道草か、私はなかなか目的地にたどり着けないタイプです。道草があったほうがいいという、裂織人間国宝のお言葉を信じたいと思います……。
 
最後に、とっておきのハガキを1枚いただきました。

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「これは夕焼けの紅と海みたい」と言ったら、「もちろん、照り返しも含めてね」とのこと。最初からそのつもりで織ったのです。しかし同じものをつくろうと思っても1枚1枚が手織りなので、同じ色や模様はもうできません。この作品は売ってしまったのでIさんの元にはなく、このハガキに見る限り。これを織った夕焼けの紅も、海の色も、陽の輝きも、その日、その時限りなんです。
 
ひととおり裂織りの話を終えると、あとは2人で西洋美術の話に花を咲かせました。何度も渡欧経験のあるIさんと、ルネサンスの本を編集する私とで。
「こういう本をつくるのだって、実物を見て感動しないとちゃんとした本にはならないのよ」
「はい、イタリアへ行って実物に感動して、入れ込んでつくりました……」。
 
故郷の大先輩から教わることは深く鋭く大きいです。
 
 
 
裂織りとは……(デザイナーIさんのお言葉によると)。
「古着の再利用です。着なくなった着物などをほどき、それぞれの巾に裂いて横糸にし、トントンと織り込んでいく。さまざまな時代を見てきた古布や着物でも、新たな布に蘇るホットな仕事は、物を大事にしていた時代に暮らしの中から生まれた生活文化です。また、「ハタ織り」には「織心(おりごころ)」もたいせつな素材の一部で、ものづくりお原点でもあるように思います。このような古き良き工芸と深く関わりながら、織物を通じ、豊かな自然と佐渡の歴史を、そして「さきおり」もその一部に伝えることができればと思っています。また、人と人とのつながりの中にも、その時代の幅を広げたコミュニケーションの環(わ)でありたいと願っています」。
 
↑↑さすがの説明でしょ!
 
*訪れたとき写真撮影は控えました。ここに載せた写真は、帰り際に私はこれとこれに感銘を受けましたとご本人に伝え、撮影の許可をいただいたものです。