気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

忘筌ー大切なことを忘れない

今日は、あるところに展覧会の企画を送ったので。勉強した大学ノートやら教科書やらを引っ張り出してきて、忘れないようにここにも記します。

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 展覧会企画は「モノ」である文脈で集めて、見せる、ひとつの表現活動である。
「モノ」をどう見せるかがひとつのテーマなら、さまざまな角度から光をあてられた「モノ」が集まって、全体としてどう見えるか、もまた、展覧会の醍醐味だ。
 展覧会企画の基本的作業は、まずコンセプトづくり。いったい自分が何をやりたいのか、見せたいのか、を考えながら、料理するその材料であり、展覧会の主役でもある資料のあいだを行ったり来たりすること。ひとつの「モノ」が背負った、さまざまな文化的背景を批判的に見直し、見据える訓練でもある。
 目の前の「モノ」が何を言おうとしているか、その見えない意図を探って引き出してあげるのが、キュレーションの醍醐味である。
 
「モノ」から発想していくことが大事。
それには自分の視点で「モノ」をよく見ること。
見たなかで、自分なりの文脈を調整する。
そしてバラバラなものをひとつにつなげていく。
 
展覧会を完成させようとしない。それよりも、余韻を残す。まだ次がある。続きを感じさせるものをつくる。自分がわくわくする。自分が見たいもの、それを前面に。
もっと破天荒でいい。
 
「モノ」は「物を言わない」。
しかし、「モノ」が「モノを言う場所」それが博物館だ。
 
「作品」と「ひと」を結ぶことが使命。
 
武蔵野美術大学・博物館実習の講義より)

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センスある人のご自宅に行くと、「モノ」が生きている。

モノは場所によって生き、場所によって死ぬ

どうしてなのかと聞くと、「結局は人だよ」と。

 

美術館や博物館を生かすのも殺すのも、そこにいる「人」次第。美しい風景をつくるのか荒廃した殺伐とした風景をつくるのかも、そこに住んでいる「人」次第。

 

 

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尊敬する故郷の大先輩が数週間前にこんな書をくれました。「忘筌」(ぼうせん)と読みます。大切なことを忘れるな、という禅の言葉だそうです。なにが大切なのか、大切なことを忘ていないか、この書を見返しては自分に問うています。

 

いつかこのブログも「学芸員のArt note」に変わるかも。送った企画を本気で実現させたい。