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気まぐれ Art note

本の編集したり舞台裏の黒子やったりしています。

島に伝わる鬼神面

▪️能と鬼太鼓はつながっている

さる6月20日(土)は午後6時半から金井の泉にある「正法寺 ろうそく能」を観に行ってきました。すばらしい舞でしたよ〜。動きにキレがあって優美でした。

*「正法寺ろうそく能」とは? をご存知ない方は下記サイトをクリックしてご覧になってください。きちんと告知されていいるのでだいたい把握できると思います。

2015年の正法寺ろうそく能は6月20日18:00から | 旅館番頭の佐渡観光情報

 

実はここで、どうしても見たいものが舞台以外にもうひとつありました。それは世阿弥が「雨乞いの舞」に使ったとされる県内最古の面、神事面「べしみ」です。

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べしみは鬼の面です。県指定重要文化財ですよ!!!!!!

すばらしい〜! 一般公開されるのを心待ちにしていたんです。このためなら這ってまで行こうとずっと思っていました。

佐渡博物館の解説によると、

「能の大成者・世阿弥は永享6年(1434)の5月、72歳で佐渡に流された。泉の曹洞宗正法寺は、世阿弥の配所という伝承を残す佐渡でただ一つの寺だが、この寺に伝わる鬼神の面は、南北朝期の作であることが最近の調査でわかった。世阿弥が都から運んだか、前から民俗面として佐渡にあったか、いまはさだかではない」。

とあります。…なぞを残す鬼神の面、ときめきますね。

そして

このお面を見たときに、ハッとしたんです。鬼太鼓のお面にも共通するものがある、と。能と佐渡の芸能の鬼太鼓はつながってるんじゃないだろうか。そう考えてふたたび佐渡博物館に戻りますと、こんな資料がありました。

「金北山神社に伝わる江戸時代後期の作の12の仮面には、能面風の尉面と神楽面風の鬼面があり、鬼面は鬼太鼓の面としても使用されていた」。

(おぉぉ)。

 

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上の写真は能の動きを取り入れた舞いだと言われる国仲流の鬼太鼓(佐渡博物館展示パネルより)。鬼太鼓の起源について、下のような説明が書かれています。

「島の方言で、オンデコあるいはオンデェコと呼ぶ神事芸は、鬼太鼓と書くが、相川では御太鼓の文字をあてている。その起源を奈良時代の伎楽や舞楽のたぐいとみる説があったが、それを確証するものはない。(略)ただ京都では、すでに16世紀に声聞師(しょうもじ)の祝福芸として『穏太鼓(おにだいこ)』というものがあったので、それとの関連があったかどうかにかかっている。」

 

そこで私、島じゅうせっせと歩いて能面と鬼太鼓面の画像を集めて見比べたりしてました。鬼の面がなんで「雨乞い」なんだろうとか、鬼の面にはどういう意味があったんだろうとか、聞きたいこと調べたいことはまだたくさんあります。ただ、画像は調査研究以外の使用はNGなので、ブログでは公開しません。古くからの能面と鬼太鼓の面を見比べるとすごくおもしろいです。佐渡ならではの芸能の伝わり方が見出せるような気がします。あとね、新穂の鬼太鼓の面は質が高いですね。

 

続きは、公開の機会がめぐって(!?)くれば…ということで。