気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

問題を解けとミュージアムはいう

 

ミュゼオロジーという勉強をしています。この科目にⅠとⅡがあり、ⅠをクリアするとⅡは4回のレポート提出。85、90、90と3回まで高得点を取ったのですが、最後の最後で転けました。不合格、つまり再提出です。

お題が、ミュージアム(美術館・博物館)は大きな変貌の時期にある。そこでミュージアムの創世記にさかのぼり、市民生活に定着していった過程をもとに、ミュージアムがなぜ社会に必要なのかを考察し、21世紀に開館した新型ミュージアムと比較して、独自の考察と論考によってこ今日の社会で要求される新しいミュージアム像を明らかにしてもらいたい、という内容でした。
 
「今日の社会で要求される新しいミュージアム像を明らかにしてもらいたい 」
 
現実を調べてしまうと、様々な問題にぶつかり、八方塞がりに思えてくることがあります。これを書いたときは、自分が学んでいることが理想なら、「現実は違う」という思いが強く、どうにもポジティブに取り組めませんでした。ミュージアムというのは公立であれば文部科学省の管轄で、さらに各地域の教育委員会が担っています。資料を収集し、保管し、調査研究の結果を展示して、学芸員が知的なレクリエーションの場を展開するところです。それが成されていなかったら? 知的な遊び場でもないし財産を守るところでもない。観光施設かレジャースポットだと思われていて、たとえば市長が「博物館はいらない」といって別なところに資金投入してしまったら…だったら、教育委員会文部科学省の管轄でなくてもいい、ミュージアムはその管轄下であることが不自由だ、もう研究の場でも文化財を守るところでもない、と書きました。
だって、いくらがんばっても意味ないように思えるじゃないですか。
 
対して、添削回答2枚にわたる長い文面が返ってきました。最後のほうに、こんな言葉がありました。
「しかしながら、ミュージアムは教育施設です。教育施設であることを棄てる必要があるのでしょうか。むしろ、さらにパワーアップした教育機関であるべきだと考えます。それでいて、身近な存在としていつでも通いたい場所を目指すことであり、まさに愛される場所であり続けなければならないでしょう。」
 「残念です」と結ばれた文面から、がっかりさせ怒らせたんだと思いました。
 
 
文章を読んでいて、怒られているのかなと思った体験は、まだあります。ある著書で、ページを開くとすぐ「佐渡の青年に望む」と題されています。
一部抜粋。
「人間の発展は、人と人が向かいあった中から生まれ出てくるのです。たえずわれわれは、あらゆる人に向かいあう、そういう心構えをもたないといけないと思うのです。わきを向く、人が見つめているのに相手がわきを向くようなことがある。そのことの中からは物事は発展して来ないのです。」「諸君の前におかれている佐渡という天地、これは諸君のものなのです。そしてその佐渡自体は諸君のために与えられている大きなテーマであり問題であるのです。この佐渡自体を諸君の手によってどのように開いていくかということが、その解答でなければならないと思います。自分の育ち、自分の教養を受けて来た天地、その天地を本当の諸君のための、そして諸君の生活を上げて行くための、そういう世界に切りかえて行くこと、それが与えられた問題に対する答えでなくてはならないと思います。
 ところが今日、それでは佐渡における諸々の問題が諸君の手によって解かれつつあるかというと、解かれてはいないのです。逆に問題は次第にからんで来つつあるのが現状ではないですか。最も優秀なものが逃げて行きつつある、問題に対決しないで逃げ出して行く、後に残ったものも渋々残っている。その中で、いったい佐渡というものがよくなって行くだろうか。私はそういう意味で真剣に郷土主義というものを唱えてみたいのです。つまりわれわれの住んでいる場をどのように克服していって、より高いその生産と文化を築き上げ得るかということを大きなテーマとして、それに取りくんで行くことの中から共通した意識をお互いが持つことができるように成るのではないか、こんなに考えます。そのことのために私は今日歩いているのです。」「それを自分の問題として生涯を取り組んでもらいたい。問題を持たない生涯ほど淋しいものはないのです。」「あらゆる困難を、解くことのできないというような問題をも解いて行く人になってもらいたい。安易な世界を選ぶことの中から問題の解決はないということだけを、本当に立派な環境、立派な郷土、さらにひいては立派な社会を作っていただきたいと念願してやみません」。
ーー武蔵野美術大学教授・宮本常一宮本常一著作集4『村の崩壊』未来社
 
 
先日(11月21,22日)に全国の島々が集まる祭典アイランダーが池袋サンシャインで開催されました。毎年必ず民俗学者宮本常一のパネルが貼り出されます。まだ著書を読んだことのない人は、島出身者ならとくに、読んでみてください。
そこに書いてあるのは、民俗学を超えた「私たちへのたくさんの思いやり」だと気づくはずです。島で暮らす人のためを思って、見て、聞いて、歩いた記録です。

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私も、腐ってないでそろそろ転けた問題を解いていきたいと思います。
やっぱりミュージアムが必要だと思ってもらえるように。教育普及プログラムを重視した新しいミュージアム像を。