気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

本の線引き箇所をたどる

◼︎本の線引き箇所をたどる
 人から本を借りるとその本には持ち主が線を引いた箇所があり、その人が重要だと考えた部分が見えてくるようです。かつて千石船の里として栄えた港町・宿根木集落に縁のある人から借りた本。

宿根木 - Wikipedia

 
宮本常一著『日本の中央と地方』(未来社
*線引き箇所 P16
「離島が文化の光からぐんぐんとりのこされていくようになったのは、帆船が汽船にかわり、その汽船が大阪や兵庫から島々を結ぶのでなく、離島にもっと近い本土から結ぶようになったことに大きい原因があるのだが、それには今一つ重要な変化があった。藩政が止んで府県制が実施せられると県の行政力が次第に力を増して来て、県単位に生産や経済の統制をはかるようになる。とくに第二次世界大戦を動機とする統制経済政策がこの傾向を助長した。そして僻地と中央都市との直接交易のルートをずたずたに切ってしまった。

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 だから宿根木にある佐渡國小木民俗博物館には、博物館に収集されていた資料をもとにして、再調査のうえにかつての千石船「白山丸」が復元されたんですね。集落の人の、過疎に対する地域復活の願いが読み取れるようです。私が調査で宿根木に行った日(2015.10)、4代前の先祖が千石船の船頭だったという人から「(宿根木の港が絶えたのは)両津のもんならわかるだろ」と言われたことを思い出します。(私が現在の新潟航路を結ぶ港町・両津の出身であるため)。もう私くらいの世代になってしまうと、「そんなことすら影も形もなくてわからねいよ、おじいちゃん」と心の中で思ったことを飲み込んで、コクリと頷いて実家に戻りました。
 
 
 
さて、私がこの本に線を引くならP185「社会教育」について。
 「次にもうひとつ大きな問題は教育ではないかと思っております。」「学校教育は非常に普及しております。どこへ行っても、地方に大きな高等学校ができております。これは大変結構なことですが、学校で教育されますと、そこでできた人間は、非常に公約数的な人間になってしまうのです。都会人としてはいいだろうが、農村人として、そういう人たちが農村にとどまるかどうかということが、問題になってきます。
 私の要望する教育というのは、社会教育なのです。日本では、社会教育、特に職業についている青少年の教育が、まったくおろそかにされています。」
 
 
 それで宿根木小学校が廃校になったときに、博物館を建てようということになったんですね。でも、これだけでは論文の資料足りないんです。具体的な資料がないと。
「資料のないところで論議は成り立たない」って先生が言ってました。。。。
人に話を聞いてそのまま書くのはインタビューであって、論文ではないんです。論文と雑誌記事では違うんです。(とくに私は職業柄この傾向が強くて注意された気がする)。
 
 
そこで、今から手紙を書いて、
博物館の話が聞きたいと言っているのに、八珍柿の話をし、
社会教育として書くと言っているのに、運動だ!運動だ!
と言ってきかなかった称光寺住職に再突撃の準備!!!!!!!
???