気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

未完成の意味

 昭和47(1972)年に開館した佐渡國小木民俗博物館は、設立から44年になります。現在のパンフレットと設立当初のパンフレットでは、書いてある内容がずいぶん違うようです。私が設立当初のパンフレットの内容を知ったのは、当時の社会教育主事・中堀均さんの原稿を国立国会図書館で見つけて、読んだ時、その原稿に紹介されていたのです。中堀さんの原稿によると、次のようなことが書いてありました。

 

 「民具を寄附していただくとき『昔はこんなもんでやっよんだっちゃ』と個々の品物を説明してくれるおじいちゃんの顔は実に生き生きしている。汗を流しただけではない。知恵も使った。自分に何ができるかも考えた。共同でも話し合いを考えた。そして身近なものを工夫して利用した。気休めは求めなかった。すべてではないが、この中にはそのような道具がいくつかある。これらのものを、今後どのように生かすかは、皆様方の知恵をお借りしなければならない。形は残ったが、心は残らぬでは、物の羅列にしかならぬ。

 消えたに等しい『あわれ』や『つつましやか』の伝統の中身となる自然や心をこの中からリクリエートしていく努力はするが、大きな時間が必要だと思う。

 ー人々に工夫する知恵と

    汗を流す楽しみを、

       そして憩いをー

 この民俗博物館だけでなく、日常接するおじいちゃんやおばあさんから学ぶことが出来れば、幸せに思います。一人でも多くの、あらゆる職種(百姓、漁師、大工等)の方方の力で、自分達の生きてゆく地域を考える場として、永遠に未完成のまま続くであろうこの博物館を、よりよきものに育ててゆきたいと思います。」

 

 

 深いことが書いてあるなぁ。と思うと同時に、文中に出てくる「未完成」という言葉が、どうにも気になりました。未完成ってどういう意味なんだろうか、と。

 「未完成のまま続く」ですぐ思いつくものといえば。。。。

 ガウディのサグラダファミリア


映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』予告編

 

「生誕の門をつくっておけば、次の世代が完成させるだろうと彼は言っていた」

 

それから、未完成といえば……

数点しか絵を完成させなかったレオナルド・ダ・ヴィンチ

結局レオナルド先生の本もつくらずに終わっちったなー。。。

 

いずれにしても、 

未完成の意味を、私はまだ考え続けています。