気まぐれ Art note

洲之内徹が連載した「気まぐれ美術館」に憧れてます。

左官道具

5月某日。

飛騨の匠の地で、左官道具を見せていただきました。

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↑ 鍛冶屋がつくった鏝(コテ)だそうです。鍛冶屋はもういません。大切な、自慢の道具。

 

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↑ ツルクビ。鶴の首みたいだから。

 

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わたしが見せていただいたのは、元左官職人、82歳の方の道具。これらの道具は、現在使われていません。宝物として大切に仕舞われています。飛騨古川にある鳳凰台の屋台蔵の鏝絵は、この方の手によるものだそうです。伊豆の長八のお話なんかも、少し出てきました。長八、わたしも大好きです。

www.izu-matsuzaki.com

 

「(道具が)美しいですね。」と言ったら、

当たり前さ、と言う雰囲気で

「道具の手入れができない左官は、いい仕事ができない」

と言われました。

 

過ぎ去りし日、デザインⅡの授業で先生が

「道具と人との関係なくして、いいモノはつくれない」

と言っていたことが、思い出されます。

 

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ご自宅のお庭も、また美しい。

 

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翌々日は野麦峠で講演会があるんだそうで、これ↑ 背負って行かれるんだそうです。ご自宅に昔からの古い、けれども頑丈で素敵なデザインの道具がたくさんありました。どれも現役でした。博物館にあるなら、「民具」と呼ばれています。博物館にあるとちょっと色あせるけれど、本来の道具として大切に扱われている民具を見ると、美しいモノだなぁと思います。この日も、いろいろ見入ってしまいました。私が美しいと感じるもののひとつに、民具があります。なぜそう感じるのか、うまく説明できません。

 

モノにはココロがあります。

モノはモノを語りません。

でもモノにモノを語らせるのが、

ミュージアムという場所。

 

 

「道具と人との関係なくして、いいモノはつくれない」